あとがき(代表コラム)
「健常」という「障害」
弊社では特に障害者のための事業構築に向かっているわけではありませんが、「助け合いの地域社会へ」というヴィジョンを掲げ日々営みを続けていると自ずと接点ができ、さまざまな縁に恵まれています。
先日も就労継続支援B型事業所「チャレンジ」さんにお邪魔させていただき、感銘を受けたことをSNSにて投稿もさせてもらいました。
元々、私の一番最初の友だちが自閉症であったことから、「障害者」に対し、違和感を持つことない幼少期を過ごしていたこともあり、「障害」と「健常」と分かれている社会構造の方に違和感を覚えます。
特に「健常」とはなんだろうな、と。突っ込んだことを言葉にしてしまえば、「健常」だと分類されていると思っている人こそ「障害」であるように思ってしまう瞬間はあります。
私の昔話にて恐縮ですが、20代で初めて就職をして間もなくのこと。「適応障害」を発症しまった過去がありますが、今思えば、「健常」の「障害」に飲まれたような気がします。社会の波に揉まれるという言い方をするかもしれません。うまく順応できる方が大半だとは思いますが、思春期の頃から大衆とはことなる道を選択したためか、自分はそうではありませんでした。
誰かになにかを強いられることが嫌で、特に勉強をさせられることには、とても抵抗がありました。義務教育を終え、自分の選択ができるようになったとき、普通の高校へは進学せず、通信制の道を辿りました。私の時代は通信に通うのは何か問題を抱えている印象を持たれたように思います。しかし、個の尊重が進んだ現代ではそんな進学も前向きに捉えられる時代になってきていますね。そんなレッテルがあった25年ほど前の時代において、息子のそんな選択を尊重してくれた親には感謝しかありません。
この社会でいう「障害者」と「健常者」の分類でいったら、私は後者に当たるでしょう。五体満足で、他人との意思疎通も不便ないです。しかし、そこに「健常」という分類があることに違和感があります。自分が「異常」であるということを訴えたいのではなく、ただただ「健常」という分類が気になるのです。
年を重ねて丸くなるどころか、恥ずかしながら40代になってこの人生で一番、人とぶつかることが多くなっています。信じられないことを平気で発したり、行動をする「健常者」がいるものです。揺れる世界情勢をみると、誰かの顔が浮かぶ方もいるのではないでしょうか。国を動かすトップという立場に限らず、そういったことは、実は割と身近にたくさんあるように思います。「正義」というものも「多様化」しているのではないかと思います。
我々の仕事の話になりますが、ご縁あって横浜にある障害者就労支援施設さんのホームページ制作や広報誌のデザインなどで、かれこれ長くお付き合いさせていただいており、定期的に取材に向かわさせていただいています。
また、杉並区の社会教育事業にて行わさせていただいている「すぎなみU30ミーティング」でも、偶発的ではありましたが、障害がある方々と一緒に企画に取り組んでいたり、今年は社会教育に限らず、障害者を担当とされている部署ともお付き合いが始まりそうです。
障害がある方々と接していると、自分が「健常」になった感覚があります。それは、「障害者」と接しての比較しての「健常」ではなく、人として健常に戻れたという感覚です。つまりは、社会的に「障害者」と分類されている方の方が人として「健常」でないかな、と思うことが多いです。
もちろん、さまざまな「障害」はあり、私がまだ知らない、もっと重たい世界もあるかもしれません。しかし、「障害」と「健常」の分断によって、「障害」側の声が閉じ込められてしまい、偏った声も「健常」として捉えられた社会が構築されているように感じます。
また、そんな分断により、先天的な障害とは別に後天的な二次障害たるものを社会が生んでいるように感じます。「健常」と呼ばれてきた人たちも、初めから社会に順応できていたわけではないと思います。社会の波に揉まれることによりいわゆる「社会人」として成熟できている過程があるのではないでしょうか。
いつもこの「あとがき」は、そのときに思ったことを言葉にしているまでなのですが、本当にたまたま、普段読んでもいない雑誌「Forbes」が、『ヘラルボニー』をテーマとた特集を別冊として組んだ最新号が発売されました。
『ヘラルボニー』とは、福祉とアートとをつなぎ、支援ではなくパートナーとして障害者と共にビジネス展開をしてくことを言うそうです。

迷うことなく購入し、ページを開いてみると、杉並区の社会教育でも接点を持たせていただいている、東京大学の先端科学技術研究センターにて障害当事者研究をされているの熊谷 晋一郎 准教授も掲載されており、縁も感じました。

今日の今日届いたばかりなので、まだ読み切れていない中ではありますが、ビジネスの手段としてのアートでは違和感はあります。それは、前号の「文化」と「ビジネス」の執筆にて気が付かされたこと。「Forbes」という媒体の性質上、表現の重心がビジネスに寄ってしまう仕方なさもあるかとは思いますが。
しかしながら、就労者雇用もなかなか進まず、またA型就労支援も次々と立ち行かなくなる実情を踏まえると、「健常」に寄せることに無理があるのではないかと思うところです。なので、まったく異なった発想が必要であると考えます。
雑誌の中ではタイムリーな情報が掲載されていたので、引用させていただきたいと思います。


興味を持たれた方はぜひご購読してみてください。裏表紙のコピーにもグッときます。



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