昨年、2025年の1月には僭越ながら中小企業診断士会さまが主催される新年シンポジウム講演会に登壇をさせていただく機会に恵まれました。「ビジネス」としては、まだまだ評価されるものではありませんが、民間企業として「地域」への向き合い方に関心をいただき、お呼ばれさせていただいた次第です。
担い手不足、物価高騰により、ちょうどコロナ禍を境に地域イベントのあり方が日本各地において、大きな課題となっています。想いを持つ人の「気持ち」だけに依存せず、人や企業など関わりしろを拡げ、時代に合わせた共同体の再構築を弊社のミッションとしています。その軸としてはちゃんと「お金」に向き合うことと、「社会資本」の理解がポイントだと考えています。
しかしながら、この講演を終えてからの一年間。30年の歴史を背負い挑んだ、阿佐谷ジャズストリートや、阿佐谷薪能の天候による苦渋の決断の末の中止から生じてしまった赤字の補填など、これまでよりさらに踏み込んだ活動を通し、そこに「文化」という考え方が欠けていることに気が付かされました。
この「文化」を言葉で説明するのはとても難しいことなのですが、とにかく、「文化」が付随する課題の解決において、貨幣関係だけを結ぶ関係構築では、互いに損得を求めてしまい廃れてしまうということだと思います。
具体的な事例としては、阿佐谷薪能において、雨天によって中止としたことで約50万円の赤字が生じました。それを埋めるために、値上げを選択肢に入れ、実行委員会に提案いたしました。本格的な能楽を、かつ薪能という野外能楽堂でなくては実現不可能な価値ある公演において、現状でも特別席5,000円、一般席4,000円というのは安すぎるのではないかと考えていました。
なので、より箔をつけ、価値を上げた上で値上げというのが一つの考えでありましたが、結果、価値、ブランド力を上げた上で値段は据え置きとすることとしました。

その決定には、この阿佐谷薪能を主催する「あさがや能・狂言の会」の理念にあります。
本公演は、地元有志により構成された実行委員会「あさがや能・狂言の会」が主催しています。同会は2017年(平成29年)に発足し、日本の古典芸能である能・狂言に触れる機会を地域につくることを目的として活動してきました。伝統文化に内在する精神性や美意識を地域で共有することを通じ、教育的・文化的な側面から地域に寄与することを活動の趣旨としています。
引用元:あさがや能・狂言の会 事業計画書
ではどうしたか。この理念に共感いただくことで、会場となる阿佐ヶ谷神明宮の理解により、毎年大勢の方々が訪れる初詣における場のご提供と、そこに同じく理念の共感を前提とし、地元企業と個人協賛でクリアすることなりました。
冒頭の弊社のミッションにおいて、『想いを持つ人の「気持ち」だけに依存しない』と述べさせていただきましたが、あくまで特定の誰かに「依存」しないことが継続において大切なことであり、やはり「想い」は起点となるべきなのです。
10月に開催した31年目となる阿佐谷ジャズストリートでもケースは違えど、それを感じることとなります。特定の大型スポンサーを持たず、地域の方々の手作りによってつくることが、イベントの魅力を生み、まちに愛され続ける要因となってします。
しかしながら、まち全体がライブ会場となる当イベントにおいて、その準備はとてつもない労力が発生します。音響やグッズ制作、チケット販売などなど、なかなか素人の手に負えない専門的なスキルも必要とし、マンパワーだけでは補いきれない部分も多々あります。また、開催当日の二日間は400名弱のボランティアさんに支えられ、本イベントが成り立っています。この人数の割り当てや連絡、またお客さまの問い合わせ対応など、ボランティアでは賄いきれないスケールになってきました。





年間を通じて決して少なくはない時間を要する事務局に予算をつけ、ボランティアではなく「仕事」化させ、時間がない若い層にも運営に関わってもらう。そのためにはやはり、薪能の例と同じく、お金を引っ張ってくるというのが、私の一つの解ではありました。それもそれとしてではありますが、そうなってくると感じるのは、多くの仕事を担う事務局とボランティアで支える実行委員との温度差です。ベクトルが異なる互いの正義が出てきます。また、実行委員がお客さん化してしまうのです。
ということで、今持っている解としては、運営当事者と貨幣関係者は同一人物でない方が良いと感じるところです。…とはいっても、言うは易し。またさらに難しい課題となりますが、今年はまたアップデートさせて継続していく術を探っていきたいと思います。
結論としては、「文化」が伴うものを、そのまま「生業」にはしてはならないということです。簡単に言えば、改めて「非営利」ということになりますが、「非営利」という言葉で括ってしまうと、どこか気が付かないところで自己犠牲を被らざるを得ない人が出てきているような気もしています。対義語として「営利」、つまり「ビジネス」という登場し、毛嫌いされがちですが、本来、その語源となるのは、古英語の「bisignisse(心配事、気遣い)」に由来し、「care(世話)」や「anxiety(心配)」を意味する言葉のようです。そして、さらに古い語根「bisi」にて、「気にかける」という意味を持つとのこと。
なお、おせっかいを感じた相手に対して英語で「None of your business」なんて言ったり、言われたりしますが、この「business」からは「care」の意味合いが強く残っているといえるというのは余談まで。
なので、「ビジネス」は決して貨幣関係そのものを指すのではなく、貨幣はツールとして捉え、また、誰かの「パッション」だけで乗り越えるのではなく、互いに気にかけながら、ケアしながら関係値を構築していくことが大切と感じます。
Index ネイバーズグッド《2026年1月号》(2025年下半期合併号)
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「文化」と「ビジネス」
阿佐谷ジャズストリートの「伝承」と想いの「継承」
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