ネイバーズグッド《2026年5月》すぎなみで出会う30歳以下の同世代の仲間たち!ほか

あとがき(代表コラム)

「売れるものをつくる」という問い——地域イベントとユーザーインの可能性

杉本貴司著『ユニクロ』を読みました。ユニクロの創業者・柳井正氏の経営哲学の中に、「つくったものを売る」から「売れるものをつくる」への転換という言葉が出てきます。また、アイリスオーヤマの大山健太郎氏が著書の中で説くユーザーイン——市場の声から発想し、顧客が本当に必要としているものを起点にモノをつくるという姿勢にも、同じ問いの裏側があります。

 世界的な企業の経営哲学と、地域のまちづくり。スケールもフィールドもまったく異なります。しかし、自分がここ数年、地域の現場で感じてきた漠然とした違和感が、この「売れるものをつくる」という一言でつながった気がしました。製造業や小売業の話として読み流すにはもったいない。この問いは、地域のイベントやコミュニティづくりにも、深く刺さるものだと思っています。

「意義があれば人は来る」という思い込み

 地域活動に携わる中で、ずっと感じてきた違和感があります。どの現場でも、やっていることは間違いなく「いいこと」であり「必要なこと」です。それは確かなのですが、いつも集客に悩まされている。企画を考え、場所を押さえ、チラシを刷り、当日を迎える。けれど思ったほど人が来ない。その繰り返しを、さまざまな地域活動の中で何度も目にしてきました。

 極め付きは防災関係です。災害への備えが大切であることに異論を挟む人はいません。とりわけ首都直下地震のリスクが叫ばれる東京において、防災訓練やイベントの重要性は疑いようがない。にもかかわらず、実際の参加者は限られ、顔ぶれも固定化しがちです。

 なぜそうなるのか。どこかに、「社会的に意義のあることをしていれば、人は自然と来てくれるはずだ」という前提があるように感じます。意義が正しいのだから、あとは告知すれば届くだろう、と。その結果、届け方の工夫が後回しになり、PRも疎かになり、気づけば独りよがりになってしまう。「つくったものを売る」スタイルそのものです。意義の正しさが、届ける努力を省いてしまう免罪符のように機能してしまっている。これが、自分が長く感じてきた違和感の正体だったのだと思います。

ストロークスが見せた「ストーリー」

 2026年4月、アメリカのロックバンド、ザ・ストロークスがコーチェラフェスティバルで強烈なパフォーマンスを披露しました。イスラエルによるガザ爆撃やアメリカの歴史的暴力を告発するモンタージュ映像をステージのバックに流しながら、10年ぶりに演奏した楽曲で「お前はどちらの側に立つんだ?」と観客に問いかけた。

 ここで伝えたいのは、「ストロークスがコーチェラに出演した」という情報そのものではありません。こういった世界情勢の中で、ファンだけでなくあらゆるジャンルの音楽好きが集まるフェスティバルという舞台で、巨大な権力に向かって「違うんじゃないか?」と声を上げ、「みんなは実際のところどう思うんだ?」と問いかけた。その行為そのものに、まさにロックがあった。音楽としての完成度はもちろんですが、それ以上に、「今この瞬間にこれを聴かなければならない」という切迫感を、あの場にいた人たち——そしてそれを映像で観た世界中の人たちに生み出したことが重要です。

 ドラマやストーリーが伴ってはじめて、人は動く。しかもそのストーリーは、どこか遠い話ではなく、今この時代、この瞬間と交差するものでなければ、人の心には届きません。「良い音楽です、聴いてください」では、情報の海に沈んでしまう。「今、この状況で、この音を鳴らす意味がある」——そこにストーリーが宿ったとき、はじめて人は立ち止まり、耳を傾けるのだと感じました。

30年を迎えるジャズストリートが映すもの

阿佐谷ジャズストリートは今年で32回目を迎えます。地域に根ざした音楽祭として、ブッキングの質には定評があり、長年にわたり多くの方に愛されてきたイベントです。しかしこの30年という時間は、インターネットの登場前と後をまたぐ時間でもありました。

 30年前、情報の届け方はシンプルでした。ポスターを貼り、チラシを配り、口コミで広がる。選択肢が限られていた分、届くべき人にはちゃんと届いていた。しかし今は、誰もが1日24時間という限られた時間の中で、膨大な情報に晒されています。特に若い世代ほど、日常的に触れるコンテンツの量は桁違いで、地域のイベント情報が届いているかどうか以前に、そもそも視野に入っていないことのほうが多い。その変化は、ジャズストリートの客層にもはっきりと表れています。

 ジャズというジャンルは、ポップスやロックと比べればニッチです。だからこそ、業界内のネームバリューや「今年はこのアーティストが出ます」という告知だけでは、届かない層が確実にいます。潜在的に「生の演奏を聴いてみたい」「街全体がステージになるって面白そう」と感じている人たちの心を、どう動かすか。情報を出すだけではなく、「聴きたい」「行きたい」という感情をどうつくり出すか。30年の節目にあたって、その問いと正面から向き合う時期に来ていると感じています。

欲求を起点にする

 一方で、「つくったものを売る」とは逆のアプローチが機能した経験もあります。

 たとえば若者向けの社会教育の分野では、「啓蒙しなければならない」「学びの機会を提供しなければならない」という課題意識から出発しがちです。しかし、参加する側の若者にとっての動機は、「学ばなければ」ではなく、「同世代とつながりたい」「何か新しいことをやってみたい」というもっと素朴な欲求であることが多い。その欲求を起点に据え、つながり方そのものにも工夫を重ねたことで、参加者の反応が明らかに変わった場面がありました。

 これは小さな話かもしれませんが、「意義があるから参加すべき」ではなく、「参加したいと思える設計をしたから人が集まった」という順序の違いは、とても大きいと感じています。マーケットインとは、まさにこの順序を逆転させることだと思います。

民間だからできること

 行政が主導する事業には、構造的な限界もあります。課題が先にあり、その解決策として企画が立ち上がる。予算規模が大きくなれば入札となり、限られた応札期間の中で、参加者の欲求を丁寧にリサーチしたり、届け方を設計したりする余裕はほとんどありません。結果として「売れるものをつくる」発想が入り込む余地が、制度的に限られてしまう。

 だからこそ、民間としての役割があると考えています。マーケットインの視点で企画を立て、小さくても実践を積み重ね、ひとつひとつを事業として育てていく。行政が制度上踏み込みにくい領域——届け方の設計、感情の喚起、参加者起点の企画づくり——に、ネイバーズグッドが踏み込んでいく必要があります。

「届く」ことから始めるまちづくり

 地域活動に携わっている方であれば、「来てほしい」という思いは誰もが切実に抱えているはずです。しかし、その思いをどう形にするかの発想が、まだ「つくったものを売る」マインドに留まっていることが少なくありません。良いことをやっているのだから、伝えれば届くだろう、と。

 けれど現実は、意義があるから届くのではなく、届け方を設計するからこそ意義が届く。その順序を意識するだけで、同じ活動でも届き方はまったく変わってくるはずです。

 地域のイベントやコミュニティづくりにおいて、マーケットインの発想を当たり前にしていくこと。参加者の潜在的な欲求から逆算して企画を設計し、ストーリーとして届けること。そのマインドを地域レベルで一つひとつ積み上げていくことが、情報の海の中でも「届く」まちづくりへの第一歩だと考えています。


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